記憶の底に 第1話 |
KMFに乗ったままの者たちから見れば異様な光景だった。 既に死んでいる子供の頭に何度も銃弾を浴びせ、高圧的に話すC.C.の言葉も理解しがたい物だし、そもそもあの神と呼ばれた球体のあった不可解な場所や、この場所さえ理解できない。神根島から来た時と同じ扉を潜ったにも関わらず、出た先は全く別の、古い遺跡だったのだ。 ・・・これは、人が関わるべき領域では無いのかもしれない。 まるで映画のワンシーンを見ているような、そんな現実逃避に陥っていた頃、蜃気楼からゼロが降り、かつり、かつりと靴を鳴らしながら、物言わぬ死体となった少年に近付いた。 「気をつけろ。V.V.は私より蘇生が早い」 「ならば暫くそれは任せる。ここにいる者たち全員、その壁の前に並んで立て」 ゼロは正面の壁を指示しながら、研究員と子供にそう命じた。 だが、彼らは困惑した顔でC.C.を見るだけで、移動する気配はない。 彼らの嚮主はあくまでもC.C.。 だから、彼女の指示を待っているのだ。 「この男の命令に従え」 ならばと、C.C.が口にした命令で、大人たちは子供を促しながら壁に集まった。 この場の代表たちが声をかけ始め、遠くに隠れていた者たちも次第に集まり、壁には数百人の人間が並んだ。 大半が子供で当然全員ギアス持ち。 だが、大人たちの瞳にもギアスが宿っていた。 ギアスの研究のため誘拐拉致された子供、あるいは戦災孤児たちは、ここで成長し、運良く生き延びた大人になった時は研究員として新たな子供たちに実験を施していく。 ロロのような任務を与えられないものは、外の世界を知らずにこの閉鎖された空間だけで生きて死んでいく。 彼らにとってギアスは異能ではなく、誰もが持つ当たり前の力。 彼らの常識は、世界にとって危険なものだ。 KMFを背に立ち、研究員たちを見据えたゼロは、ゆっくりと仮面を外した。 サラリとした漆黒の髪が仮面の下から現れる。 その光景に黒の騎士団の面々は息を飲んだ。 離れた場所、しかもゼロの後方待機のため、誰にもゼロの顔は見る事が出来なかったが、それでも今まで仮面を取ることの無かった相手が仮面を外した事は衝撃だった。 ゼロは仮面を片手に持ち、もう片方の手をすっと胸元まで上げた。 「ゼロが命じる。今この時よりギアスの使用を禁止する」 正面に上げていた手を横に振り払うと同時に、その瞳から深紅の鳥が飛びだした。 人の目には見えないその光は、壁に立つ者たちの瞳の中へ吸い込まれ、消えて行った。念のため全員にギアスが残っていないかC.C.が後々確認はするが、大半はこれで使用不能となったはずだ。 「いいな、もうギアスは使用するな。これはゼロの、私の嫁であるゼロの命令だ」 念のため、嚮主であるC.C.も彼らに命令を下す。 嫁という言葉に、研究員と子供たちは口々に「おめでとうございますC.C.様」と祝いの言葉を送った。C.C.は満更でもないという顔でその言葉を受ける。 「・・・だから、何なんだその嫁というのは」 C.C.が偉そうにふんぞり返りながら言ったので、どんな意味かは知らないが、夫婦という意味での嫁だと勘違いしたらどうするんだと、呆れたように呟きながら、再び仮面をかぶった。 「それよりも、この人数にギアスを掛けるのは相当な負荷だったようだな」 未だ意味が理解できない、頭はいいが鈍感な男の美しい顔は既に仮面の下に隠れてしまったが、ルルーシュがギアスを掛けた時、その右目もまた赤く染まり、そちらからも赤い鳥が羽ばたいていた。 「つまり、お前の言う資格とやらを私は無事に手に入れたのか?」 「そう言うことだ。いいタイミングだったな。V.V.を封じる手間が省けた」 V.V.へと視線を向けると、蘇生し、痛みからうめき声をあげていた。 その異様な光景にKMFに乗る者は皆息をのんだ。 間違いなくC.C.はその少年の頭を何度も何度も打ち抜いた。 そして間違いなく絶命していたのだ。 だが、まだ生きている。 その頭からおびただしい量の血液が流れ出しているのに、生きているのだ。 異様な存在、異様な光景、異様な場所。 まるで悪夢の中に迷い込んだような、そんな感覚に襲われた。 だがゼロは恐れることなく歩みを進め、V.V.の目の前で膝をついた。 もちろんKMFに背を向ける形で。 そして自らの仮面を再び外した後、その少年の血ぬられた額に手を置いた。 「・・・な・・・なにを、するつもり、だ。この、呪われた、皇子が・・!」 霞んでいた視界がクリアとなり、ルルーシュの両目を見た途端、その顔に恐怖が走った。 両目にギアスが現れている。 この男は、狂う事無くギアスを成長させたのか。 「まさか、お前!」 そこでようやく気付く。 自分が捉えられた目的を。 この男が目の前にいる理由に。 ルルーシュは無言のまま両目に力を込めた。 「く・・・いやだっ!奪われて、たまるか!」 C.C.はスッと銃を持ちあげると、今度はV.V.の四肢を撃った。 死から回復したため、コードを使い精神攻撃を仕掛ける可能性がある。 それでは困るのだ。 不老不死とはいえ、傷の痛みは人と変わらない。 だからその痛みで意識を散らし、その間に終わらせる必要があった。 1発、2発と銃声が鳴り響く。 「もういいC.C.。終わった」 ルルーシュは、スッとV.V.から手を離し仮面をかぶった。 その言葉にV.V.は愕然とした表情となり、C.C.はV.V.のコードを確認する。 消えている。 あの赤い呪いのしるしが。 羨ましいと思う心がまだ残っているらしい。 思わず嘲笑したことで、V.V.も奪われた事に気がついたようだった。 「ゼロ、まだ終わっていない。だから使えるぞ?」 コードをその体に発現させる最後の手順と、身に宿したギアスの有無。 「そうだな。ここの研究員の手当てがあればV.V.は死なずに済むだろう」 超回復が無くなった以上、射たれた四肢は通常通り治療する他無い。 マリアンヌを殺し、ナナリーの足を、目を奪った原因なのだから、こんな小さな子供の四肢が不自由になることに罪悪感など欠片も感じることはなかった。 だがその前にと、仮面のギミックを作動させ、現れた真紅の瞳がV.V.の怯えた瞳を射抜く。 「ゼロが命じる」 この愚かで優しい男はV.V.に絶対遵守の命令を下した。 |